シュレディンガーのカード―ポーカーを量子の目で眺めてみると
コラム
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シュレディンガーのカード―ポーカーを量子の目で眺めてみると

としき
執筆者
としき

東京大学大学院情報理工学系研究科に所属。主にゲームAIや自然言語アルゴリズムの研究を専門とする鶴岡研究室にて活動。CLOViZ株式会社にてPOKER Q'zの開発もリード。

量子力学とポーカー、一見まったく関係ないようなこの組み合わせが、実は結構おもしろいヒントを与えてくれるかもしれません。「量子力学」と聞くと、素粒子や光の二重性、シュレディンガーの猫(「生きている」と「死んでいる」が重なり合う奇妙な状態)など、ちょっと頭がクラクラするような物理理論を思い浮かべる方も多いでしょう。

でも、よく考えてみると、ポーカーも量子力学も「確実な答えが観測までわからない」世界を扱っている点で意外と似たところがあるんです。

ここでは、そんな不思議な「量子的視点」からポーカーを眺めてみませんか?

1. 不確定性を抱えたゲームとしてのポーカー

ポーカーをプレイしているとき、あなたは自分のハンドと目の前に積まれたチップは知っています。でも、デッキの中に残るカードの正体や、対面のプレイヤーが手にしているカードの組み合わせはわかりません。表向きに見えるコミュニティカード以外は、すべて推測と確率の対象です。

たとえば、テキサスホールデムでは、フロップ(最初の3枚)、ターン(4枚目)、リバー(5枚目)のコミュニティカードが徐々に明らかになります。そのたびに、あなたが抱いていた「もしかしたらストレートが完成するかも」といった未来予想や、「あの相手は強いハンドで潜んでいるかも」といった読み筋は、次々に更新されていきます。まだ明らかでないカードは、いわば「重ね合わさった可能性」の塊なのです。

量子力学では、電子や光子は観測されるまで「確率の波」のような存在であり、特定の位置や状態に固定されているわけではないと考えられます。ポーカーの世界も「プレイヤーであるあなたにとっては」カードの中身が重ね合わさった未確定状態にある、と解釈することができます。もちろん、実際にはカードは紙片としてそこに存在していますが、あなたの心に浮かぶ世界観では「あらゆるカードがまだ可能性として舞っている」状態です。この感覚は、量子力学が説く「不確定性」をメタファーとして味わうのにぴったりです。

2. 相手の反応という「観測」:戦略の波動関数を収縮させる

「いつまでも何も確定しない」のが量子世界ですが、観測の瞬間が来れば話は別です。ある量子系を測定すれば、状態は一気に明確な一点へと収束します。ポーカーでは、相手のプレイヤーがフォールドするのか、コールで応じるのか、あるいはレイズで攻撃的に出てくるのか――このアクション自体が一種の「観測」と言えるでしょう。

たとえば、あなたが半端な額をベットした際、相手はフォールドで即座に降りてくるかもしれない。そうなれば、あなたの脳内で「相手は強いかもしれない」とか「ブラフかも」という複数の可能性がふわふわ漂っていた状態が、一瞬で「実はあまり強くなかったんだな」という一つの解釈に落ち着きます。量子力学でいうところの「波動関数の収縮」に似た現象が、心象のレベルで起きているわけです。

もちろん、ここで重要なのは、ポーカーの世界で起きることはあくまで情報更新であって、量子現象そのものとは違います。ただし、アナロジーとして考えてみると、相手の行動があなたの予想を急激に収縮させ、状況を一気にクリアにする瞬間は、量子測定がもつ不思議な雰囲気になんとなく重なるのです。

3. 情報と相関:量子もつれと戦略的ネットワーク

量子力学の中でも特に有名なのが「量子もつれ(エンタングルメント)」です。これは、2つの量子状態が、距離を超えて密接につながり、片方を測定するともう片方の状態にも即座に影響するかのように見える現象のことです。

実際のポーカーでは、こうした「超遠隔作用」なんて起こりませんし、相手のカードを見る前に自分の戦略変更が即座に相手戦略を変えるなんてことはありません。しかし、「もしポーカーが量子戦略を用いるような世界なら?」と想像すると、こちらが頭の中で戦略を変更した瞬間、その量子戦略が相手側に直結してしまうような不思議な関係性が生まれるかもしれません。

これはあくまで空想の話ですが、量子もつれが示すのは「戦略同士が観測前から不思議なつながりを持つ」ようなシナリオです。ところが、今回の記事では現実のポーカーについて考えています。実際には、相手の行動を「観測」した後にこちらが戦略を変えていく話が中心でした。そのため、量子もつれ的な「観測前から相手と直結する関係」をポーカー実践に当てはめるには難しさがあります。言い換えると、リアルなポーカーでは、量子もつれのような直接的な影響関係は起こりえないため、ここは純粋な比喩や理論的拡張の世界にとどまることになります。

4. もしポーカーが量子ゲームになったら?

実際のカジノで、量子ビット(qubit)を片手にプレイするポーカーは今のところ現実味がありませんが、理論物理学や数理ゲーム理論の世界では、「量子ゲーム理論」という分野が存在します。そこで扱われる「量子ゲーム」では、プレイヤーは量子操作を戦略として用いることが可能で、重ね合わせ状態や量子相関を利用することで、古典的なゲームにはない新たな均衡や戦略パターンが見いだせることがあります。

たとえば、非ゼロサム的なゲーム――全体の利得がプレイヤーの行動によって増減し、パレート改善が可能な状況――では、量子戦略の導入によって「全員にとってより良い状態」を安定的に実現できる可能性が指摘されています。囚人のジレンマのような例で、量子戦略は古典的には回避困難だったジレンマ的構造を崩し、より高い合計利得をもたらす場合があるのです。

一方で、ポーカーは基本的にゼロサムゲームであり、その利得構造は「勝者の得点=敗者の損失」という関係から動きません。こうした性質のため、量子戦略を導入しても、利得の総和を大きくして全員が得をするような「魔法的改善」は期待しにくいと考えられます。量子操作を使って複数のブラフ状態を重ね合わせたとしても、トータルで得られる利得総和は変わらず、単に複雑な戦略空間を探索する手間が増えるだけ、という可能性もあるのです。

とはいえ、「もし戦略が量子レベルでゆらいでいたら?」と想像することは、戦略的思考を広げるトレーニングになります。現実のポーカーテーブルでは役立たないかもしれませんが、この思考実験は確率的な戦略に「もう一段階上の抽象性」を与え、私たちが持つ戦略概念そのものを問い直すきっかけになるでしょう。

量子ゲーム理論は、ゲームの本質や戦略の意味について再考させてくれる、理論上の拡張ツールです。ゼロサムであるポーカーでは目に見えた恩恵は限定的かもしれませんが、その発想自体が、私たちの思考回路に新鮮な風を吹き込み、従来の発想ではたどり着けなかった「戦略の可能性」への扉を開くかもしれないのです。

5. 量子計算とポーカー解析の未来

ポーカーの戦略解析は非常に奥が深く、コンピュータを使ったシミュレーションやGTO(Game Theory Optimal)戦略の探索は今や常識的な手法になりつつあります。しかし、ポーカーは複雑で、不完備情報ゲームとしての難しさは計り知れません。

そこで登場するのが「量子計算」という新たな計算パラダイムです。まだまだ実用レベルには課題がありますが、もし将来、大規模な量子コンピュータが当たり前になれば、膨大な戦略空間を一瞬で探索し、近似的な最適解を得るといったことも可能になるかもしれません。

量子アルゴリズムが、ポーカーの戦略研究に革命をもたらす日が来れば、私たちが知る「読み合い」や「ブラフ」の意味が大きく変わる可能性もあります。これは「量子力学が直接ポーカーに関わる」というよりは、「量子計算が不確実性下での問題解決力を飛躍的に高める」シナリオの一例です。

6. 心理的メタファーとしての量子論

量子論は直感に反する学問として知られます。「状態は観測されるまで決まらない」「粒子は波でも粒子でもある」といった妙な言い回しは、物理学初心者を混乱させてやまない要素です。しかし、この「直感には収まりきらない感じ」は、人間が不確実な場面に対処する際のヒントになるかもしれません。

ポーカーでも、相手の手札やこれから出てくるカードについては、観測(実際に見る、または相手が行動を起こす)までは確定しません。この事実を踏まえると、「結論に飛びつかず、複数の可能性を同時に保持し続ける」という量子風のマインドセットが有効になることもあります。

柔軟な思考で「結果が決まる前にさまざまなシナリオを持ち続ける」姿勢は、量子論を心理的なメタファーとして捉えると、意外としっくりきます。不確実性に圧倒されるのでなく、不確実性を「考え続けるきっかけ」として活用するのです。

まとめ:不確実性の海を量子的に泳ぐ

量子力学とポーカーは、直接的な関係はないかもしれません。しかし、その「不確定性」と「情報更新」、そして「状況を観測しながら可能性を取捨選択していく」様子を重ね合わせて見ると、意外な共通点が浮かび上がります。

量子論は「世界は実は確定していないものだらけ」というメッセージを投げかけ、ポーカーは「限られた情報と不確実性の中で、いかに行動を選ぶか」という問いを突きつけてきます。両者を並べて味わうことで、私たちは常識の外側へと思考を広げ、不確実な状況下での意思決定や戦略立案に、より豊かな創造力や直感的洞察をもたらせるかもしれません。

次にテーブルについてカードを握るとき、頭の片隅でシュレディンガーの猫や謎の波動関数を思い浮かべてみてはどうでしょう。不確実性が、ちょっとだけ心地よいスパイスに感じられるかもしれません。

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会社概要

名称    : CLOViZ株式会社

所在地   : 東京都世田谷区赤堤4丁目13番7号

設立    : 2024年5月7日

代表取締役 : 真崎 颯太郎

URL    : https://cloviz.co.jp